毎日を踏み台にして、どうぞ

ええ、ただの自己満。

サンドリヨン

もう2019年が終わるというね。

 

あっという間の11月が終わって、

 

もう12月は6日。

 

月の5分の1がもうすでに終わったんだね。

 

ボヤボヤしてられないね。

 

けど、

 

想像を膨らましながらボヤボヤすることしか

 

できないから鬱憤がたまるね。

 

振り返るにはまだ早い気もするけど、

 

まあ今年は耐え難い1年だったね。

 

この耐え難い1年もこの先長い目でみたら、

 

まだ肩慣らし程度。

 

望んでなくとも自動的に耐え忍んだ1年に

 

なりましたねぇ。

 

あ、

 

忍べてないかも。

 

体調といいメンタルといい、

 

いろんなところに少しずつガタが見え隠れ

 

し始めましたよ。

 

でもまあその反面、

 

レールを外れなかったらできなかった経験も

 

知識も縁にも巡り会えて、

 

まあ自分の人生のわりにはうまくいったほう

 

なんじゃないですかねぇ。

 

まあこのね、

 

良い方をね、

 

少しずつ増やしていきたいね。

 

社会人1年目の1年もあっという間に

 

感じただろうけど、

 

社会不適合者1年目はそれだけじゃなくて、

 

考えさせられることがたくさんあったね。

 

まず自分はこれをしているっていうものが

 

ないと人間は腐っていくってことですかね。

 

それが趣味とかハマっているものだけじゃなくて、

 

嫌な仕事であれ、

 

ストレスが溜まるようなことであっても

 

続いているものがあればとりあえず

 

腐らずに済むような気が。

 

自分の仕事があるって認識することで

 

社会人を保たせてるみたいな。

 

ま、

 

ようは若い人が定年生活みたいな何もしないで

 

好きなことをするっていう生活を

 

今することはたぶんできない。

 

望んでても。

 

1億円あげますって言ってもらえたとしても

 

結局仕事をしている自分を望むと思う。

 

それだけ仕事っていうものに

 

人は気づかないくらい依存してると思う。

 

それが好きであれ嫌いであれ。

 

あとはこうね、

 

人生に対して危機感が増しましたねぇ。

 

自分のことに関してはもちろんそうだけど、

 

周りに対してもそのままで大丈夫ですかね?

 

って思うようになった。

 

というか思うような人が増えた。

 

この前も仕事中に

 

『だっておれ慶応出身だよ?』

 

っていう言葉を聞きましてね。

 

今は目の前の女性にちゃんと気を使って、

 

そのネームブランドとルックスで

 

好きな女の子を侍らせられてるかもだけど、

 

それも今のうちだってことをお気づきでないのかな。

 

絶対に何か能力を持ってないとこれから先、

 

生きていけない未来が待ってる。

 

その人にしかできないものがないと

 

食っていけない未来が待ってる。

 

家庭を持ちたいならなおさら人とは違う

 

何かができないと、

 

子供を大学まで行かせることなんて

 

この先100%できないっておれは思ってる。

 

慶応出身って言えるのも会社に守られてるから

 

言えるってだけでなんの効力もない。

 

安心できる社会なんてもうどこにもないんだよね。

 

全てが頭打ちになってるこの国で、

 

もう生き残れるのは争って勝ち抜いた企業だけ。

 

その1社だけが旨い汁をみんな

 

かっさらっていくんだよね。

 

会社に雇われて生きていく社会人を通していくなら

 

その1社に必要とされるだけの能力を今の生活で

 

今後持ち合わていけるのかを疑問に思ったほうが良いよね。

 

もう他人には期待しないでおこうって

 

思えた1年になりました。

 

あと、

 

もっとわがままでいいのになって思うことが

 

増えましたかねぇ。

 

もっとやりたいこと、

 

好きなことがあるならそれをやったらいいのに

 

って思いますねぇ、

 

切実に。

 

それが別になくても今してることが楽しくない、

 

しんどいって思ってるなら素直に

 

やめちゃえばいいんだよね。

 

いたってシンプルに。

 

死ぬわけでもあるまいし。

 

純粋に心から思うことを優先させるといいますかね。

 

後先考えずに直感で感じたことをやってしまえば

 

問題ないと思います。

 

毎日飲んでいたいなら、

 

それをやってみればいいだろうし。

 

それで気づくことも得られることも絶対あるでしょ。

 

体が悪くなったことで健康により気を使うようになったり、

 

お酒の知識が人一倍身についたりするかもしれない。

 

もっと1人ひとりがわがままでいたほうが

 

ずっといい気がする。

 

こんな社会だから余計に。

 

そのわがままがその人にしかない能力とか魅力に

 

結びつくんじゃないかなって思いますけどね。

 

ユーチューバーだって元々はそれぞれのわがままでしょ。

 

個人的なやりたいが結果として、

 

すごい再生回数になってたり、

 

稼ぎになってね。

 

いまやいろんなユーチューバーが

 

いろんな企業とコラボしてたりね。

 

だから結果云々よりもまずわがままだね。

 

とりあえずやりたいことやってみれば自分に

 

責任持てるようになるから。

 

周りのせいにするようなことしなくなるから。

 

社会が自分の人生面倒見てくれるほどお人好しじゃないから、

 

もっとわがままに生きていきたいもんですねぇ。

 

雇われを続ける人はいつ会社に突っぱねられても

 

文句は言えないっていう覚悟をね、

 

持っとかないとね、

 

しんどいよね。

 

小学校の帰りの会

 

『じぶんのいのちはじぶんでまもる』

 

って毎日下校前にクラスのみんなで復唱してましたやん。

 

小学校のときアホみたいに言ってたじゃない。

 

この後のサッカーのことで頭いっぱいになりながら

 

『じぶんのいのちはじぶんでまもる』

 

ってアホみたいに言ってましたやん。

 

ね、

 

水沢先生ねぇ。。

 

2年生の担任ねぇ。。

 

 

 

まあ、そういうことですよねぇ。